そう遠くはない茂みからだろう、
りんりん・りりりと涼しげな虫たちの奏でが聞こえてくる。
陽の落ちた庭先は、もうすっかりと宵の暗幕に覆われており。
とはいえ、今宵は望月がいやに目映いので、
早寝をするのは惜しい気がして。
風流を気取るつもりはさらさらないが、
濡れ縁に坐しておれば
秋の晩の夜気が肌を程よく冷やして心地がいい。
「この国では、神話の中でも月は日輪の妹という扱いで、
眺めて愛でたり、豊穣を感謝したりする対象だがの。」
ずっと西の方では、月はいろいろな災禍の種とされておるらしく、
災難を運んだり気が違ってしまったりするから、
望月は特に、観てはいけない夜歩きもいけないと、
忌むものとして避けて扱う土地が少なくはないらしいと。
その月の眷属のような、金にけぶる髪を無造作に晒している
年若いお館様がどこで聞いてきたものか含蓄のある話を披露して。
「あんなに綺麗な月ですのに?」
まだまだ幼いお顔に座った大きな双眸をキョトンと見開き、
書生の坊やがどうにも納得がいかぬと小首を傾げて訊き返す。
深い藍色がきりりと冴えた夜空には、
そちらもその輪郭を鋭く冴えさせた満月が、
灰色の模様もくっきり、その神々しい姿を見せており。
秋の月が美しいのは空気が乾いていて遠くまで見通しやすいからだと、
いつぞやに同じ人から聞いたこと。
だのに、その月を不吉なもの扱いなんて解せませぬと、
困ったように眉を下げるので、
「まあ、そうと断じているのは 他でもない人なわけで。」
「?」
おや、それはまたどういう意味でしょうかと。
今宵はお月見、だからお空の宮廷へ戻らなかった、
そのくせ月も観ぬままくうすう寝入ってしまっている
仔ぎつね坊やたちの髪や背を、
小さなお手々で撫でてやりつつ、
瀬那が目顔で訊いたところ、
「夏が終わって過ごしやすい頃合いになり、
しかも月がきれいに見えもするのは西の方でも同じこと。
いよいよの収穫を前に、
陽が落ちるのが早まっている夜道を帰る道すがら、
どんな輩が現れないとも限らぬしな。」
「…えっと?」
収穫が始まっておれば尚のこと、
帰りも遅くなり、追剥だの出没するのと出くわすやも知れぬ。
夜陰に紛れて畑に入って、作物を盗む泥棒も出るかも知れぬ。
女子供は、攫われる危険だってある。なので、
「早く帰れよ、夜歩きなんて もっての外だと、
親御様が重々言い聞かせる引き合いに、
月が呪うぞよともっともらしく言っているだけの話かも知れぬがな。」
近代現代になってこそ、月と地球の重力関係の話とかも判って来、
もしかしたらば、そういうのが人の気分へも関わるのかもしれないと、
科学的な解析もそれなり進められているとか聞くが。
ずんと昔のことなれば、
不思議なことはそのまま“不吉の種”扱いもされやすく、
殊に美しすぎるものは、神懸かりなものとの扱いから転じて、
いやいや魔性の住処かも知れぬとされやすかったため。
秋の月のその妖しき美しさは、
丁度 春の夜桜の、この世のものとは思えぬ妖麗さと並び、
もしかしたらば 魂を食らう何かが忍び寄るよな
魔性の塊のように言われてしまったのかもで。
蛭魔が並べたのは、
人の側の何とも懐疑的な想いやら、
そうあってもしょうがないほど
油断も隙もない世情な土地のお話だったわけだけど。
「そんなまで用心しないといけなくて、
お月さまの綺麗さを堪能も出来ないなんて、
なんか窮屈な話ですねぇ。」
そういうところだと、
くうちゃん・こおちゃんも
こんなに可愛い良い子なのに
怪しい物怪めと追い払われてしまうかも、と。
そんな乱暴はさせませんけどと言いたげに
しみじみ毛並みを撫でてやるところが
大人たちには健気で微笑ましいなと思えて止まずで。
“坊主も用心しなとの遠まわしな説教のつもりだったなら、
あんまり効果はなかったようだがの。”
黒の侍従様におかれては、
そっちの可愛げへも こそりと苦笑が洩れそになって。
「? どうした?」
「いや、別に。」
月もどんどんと蒼穹を駆け上り、
もう遅いから寝た寝たと、
小さいのは進を呼び出して抱えさせ、
それぞれが寝間へと引っ込む段になり。
怪訝そうに見上げられた蜥蜴の総帥様が、
知らず目を泳がせてしまったのもままご愛嬌。
それは見事な望月の宵が、静かに静かに更けてゆくばかり…。
〜Fine〜 15.09.28.
*スーパームーンでしたねということでvv
月への解釈というか言われは、西と東ではやや違ったようで。
欧州はそれでなくとも広大な範囲で地続きな土地柄なので、
宗教も統治も
まずは約束、裏切ったらダメよという“契約”から始まるくらいに、
互いを侵さぬことから取り決め、用心ぶかく運ぶのが習慣化していて。
鍵や錠前もそりゃあ早くから
一般市民の間でも当たり前に使われるほどに発達しており。
日本のようにおおらか暢気でいては
長生きしにくい土地が多かったのでしょうね。
もーりんはやっぱり、
口開いて月見てても安心な日本がいいなぁ。
めーるふぉーむvv 
or *

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